« 原発避難の現実 その② | トップページ | とおかまち てづくり市 »

2011年10月10日 (月)

原発避難の現実 その③

友人宅は原発から20.5km地点

ギリギリ荷物を取りにも自由に出入り出きる所、20km以内の人は自宅に物を取りにも帰れないし、本当に不自由な生活ですね。



自宅前は0.591マイクロシーベルト。



地震、台風の影響で、友人宅に入る道も地割れ、川の護岸が崩れて田んぼも一部崩落していました。



着の身着のままで避難したので、コタツ、ストーブも出しっぱなし。
予定表も3月のまま・・・・・・・3/11から生活が一変。



小学校は崖崩れで崩れた土砂、木々がグラウンドに入り込んでいました。

一時は大熊町の人が一時避難に入っていたそうですが、今は誰も入れず、復旧も当分無理でしょう。

田村市都路行政局前。



近所の家の屋根は瓦が・・・・・・ 



当然修理も出来ないし、一時帰宅時にシートをかけるので精一杯でしょう。

帰り道、都路のガソリンスタンドに寄ってお店の人から色々と聞きました。



双葉町、大熊町から避難する人の給油、テレビ局の取材者の給油、今は一時帰宅の人の給油、何とか空けておかなければ・・・・と。

使命感に頭の下がる思いでした。しかも町民の顔がわかるので、不審者が地域に入る防災の意味でも役にたっていると思います。

ほとんど車も走らない常葉町の商店街にたなびく
のぼりが寂しかったです。



夕食は同じく都路から避難して、空き店を改造したお店 
「 なごみ亭 」 に。


大きな地図で見る

あくまで臨時に開業したお店、ブレーカー異常か?何度か停電するものの、美味しい食事をありがとうございました。

にこやかな子供達の笑顔に、これからの明るい将来を期待したいと思います。



これからも長~い支援が必要な福島です。

福島の犠牲の上に恩恵を受けていた東電管轄の人達を含み、同じ日本人としてこれからも応援していきましょう。


頑張ろう福島!














« 原発避難の現実 その② | トップページ | とおかまち てづくり市 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 原発避難の現実 その② | トップページ | とおかまち てづくり市 »

フォト

バナー

  • Facebook
    http://www.facebook.com/fumihiko.kobayashi.50
2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

BOOMERANGS-ブーメラン-十日町ブーメランクラブ   

リンク集Ⅱ

最近のトラックバック

無料ブログはココログ